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福島地方裁判所 昭和34年(わ)40号 判決

被告人 板井忠八

昭一〇・六・八生 無職

主文

被告人は無罪。

理由

一、公訴事実

本件公訴事実は、被告人は

第一、昭和三十四年二月二十三日頃の午前二時頃福島市大町三番地キャバレーグランド福島こと本間美代方において鈴木武士外三名所有のオープンシャツ一枚外衣類等雑品合計七点(価格合計二千五十円相当)を窃取し、

第二、同月二十四日頃の午前一時三十分頃同市杉妻町十二番地福島市立福島第一小学校一年一組教室並びに二年五組教室において金品窃取の目的をもつて右各教室内の机の抽斗等をあけ物色したが目的物を発見しなかつた為その目的を遂げず、

第三、同日頃の同時刻頃同小学校二年五組教室内において金品窃取の為同教室内にあつた印刷紙等を同教室内床上に積み重ね所携のマッチで点火し、その火焔によつて金品を物色していたものであるが、前記第二記載の如く金品発見に至らず金品窃取の目的を遂げなかつた為憤慨の余りその腹癒にとつさに同校舎を焼燬しようと企て折から前記点火した紙類等が火勢を強め漸次同教室の床等に延焼しようとしていた火焔の上に更に同所附近にあつた約一間四方のカーテン布地を置いて燃焼させ、これを放置したまま同所から屋外に立去りよつて同校宿直員等が住居に使用する木造二階建福島市立福島第一小学校校舎を焼燬しようとしたが前記箇所の床板約六十五平方糎を燻焼したのみて自然消火した為前記校舎焼燬の目的を遂げず、

第四、同日頃の午前二時頃、同市舟場町十一番地福島県知事公舎において金品窃取及び同公舎焼燬の目的を遂げなかつたことから極度に憤慨しその腹癒に人の住居に使用する建造物を焼燬しようと企て同日頃の午前二時四十分頃同市上町八番地福島県立医科大学附属病院産婦人科研究室南側非常用階段下に同家屋に接着して置いてあつた木製塵箱(巾一米高さ七十五糎奥行六十五糎)内の紙屑に、同所に点火すれば漸次階段に燃え移り前記附属病院宿直員が住居に使用する木造モルタル塗三階建福島県立医科大学産婦人科研究室が類焼することを認識し乍ら、所携のマッチで点火して同所に放火したが、間もなく柴山由松等に発見され消火された為右塵箱及び前記階段の一部を焼失したのみで前記建造物焼燬の目的を遂げなかつたものである。

(証拠略)

二、本件犯行当時の被告人の精神状態

鑑定人石橋俊実、同詑摩武元作成の被告人にかかる各精神鑑定書並びに証人石橋俊実の当公判廷での供述を綜合すると、被告人は遅くも昭和二十九年頃から精神分裂病(典型的破瓜病)に罹患し爾来再三精神病院に入院或は通院して治療を受けたが、症状に一進一退はあるが常に緩徐なる進行過程を辿つて本件犯行時に至つたものであり、更に本件犯行当時被告人は家人に無断で家を飛び出して寒さと、空腹の不利益な環境下におかれたため一そう症状が不良の度を加えたものと認められ、結局被告人の犯行当時の精神状態は是非善悪の弁識に基いて行動する能力の喪失せるものであつたことが認定し得られる。

検察官は、被告人は犯行時以前に症状の寛解せる事実があるから、心神喪失と断ずるは最近精神医学の傾向に反すると主張する。なるほど福島県立医科大学附属病院長作成の回答書には、被告人が昭和三十三年十二月頃一応の寛解状態を示したので退院せしめた旨の記載がある。しかしながらこの寛解は同回答書も記す如く完全なるものではなかつたし、又精神分裂病における寛解についての現代精神医学の取扱が検察官の主張通りかについては尚検討すべき余地があり、更に前記石橋、詑摩両鑑定人の鑑定は何れも被告人の右のような寛解状態を考慮に容れた上で前記認定のような判断を下していることが明らかであるから検察官の右主張は容認し難いものといわねばならない。

また、検察官は、被告人は犯行後警察官の職務質問に対し偽名を用い、更に任意同行を求められたとき黙して語らず、次いで当初取調官に犯行を否認していたこと等の点をとりあげて被告人に是非善悪を弁識する能力がなくはなかつたと主張する。確かに本件記録によれば検察官の主張するような事実は認められるが、相当病勢の悪化した精神分裂病者でも表面的にはかなり計画性のある行為をなす可能性の存することは現代精神医学においても認容するところで、被告人の自供の経過が理路整然としているという点を附加して考えても、直ちに前鑑定の結果を左右するに足るものと断ずることはできない。

然らば被告人の本件各犯行はいずれも刑法第三十九条第一項にいわゆる心神喪失の状況のもとになされたものと認めるのを相当とするから刑事訴訟法第三百三十六条前段に則り被告人に対し無罪の言渡をすることとする。

尚弁護人は被告人が本件各犯行当時心神喪失の状態に在つた旨を主張するところ既に前認定のとおり被告人が当時心神喪失の状態に在つたのであるからその点につき重ねて判断をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野保之 宮脇辰雄 山下薫)

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